口パク禁止令
11月はどーにも忙しくて、全然書いてませんでした。反省。
さて、過日、中国で口パク禁止令が出た、ってニュースが流れてました。とりあえず、アサヒの記事にリンクしておきます。
アサヒの記事に限らず、関連の日本の報道はおしなべて、五輪の口パクと関連づけようとして伝えてるけど、ホント、わかってません。
さて、過日、中国で口パク禁止令が出た、ってニュースが流れてました。とりあえず、アサヒの記事にリンクしておきます。
アサヒの記事に限らず、関連の日本の報道はおしなべて、五輪の口パクと関連づけようとして伝えてるけど、ホント、わかってません。
何がわかっていないかというと、まず、中国国内の反口パク運動の動きを全然押さえていないのが一点、それとも関連しますが、中国で口パクがやられる背景を全然押さえていない、ってのがもう一点です。
中国の反口パク運動は、2002年、雲南で開かれたロックイベント、雪山音楽祭で崔健が提唱したのが起源です。中国ロックデータベースによると、「8月7日、CD CAFEで真唱運動の開始を宣言」だそーですので、音楽祭の10日ほど前になります。訂正。中国文化産業システム的には長らく非公認だったロック陣営からの異議申し立て、ってのが面白いですね。つまりは、商業主義的ポップスに対する攻撃であり、あいつ等は商売優先のニセ歌、俺たちは音楽性重視の本物の歌だ!ってわけね。
この運動をきっかけに、那英とかは、また見苦しい発言もあって、口パクバッシングで大変なコトになったらしいし、コンサートの客も、金を払った以上は本物聞かせろや、ゴルァ!ってことになっていったのです。
ここで落とせないのが、中国で口パクが盛行する理由です。中国は、有人ロケットを打ち上げるほど、最先端の科学技術力を持った国です。しかし、それはトップレベルの一極集中で、科学技術の足腰はかなり脆弱です。たとえば、道路を舗装するとマンホールのフタ部分にどうしても段差が出てしまう、そんなふうに足腰の弱さが表れるんですよ。
これは音楽業界でも全く同じ。劇場の音響が悪いだの、国産の音響器機の質が悪いだの、いろいろあるんでしょうけど、何よりも問題なのが、PAの人材不足です。もうすぐ出る『中国同時代文化研究』創刊号掲載の「中国音楽界の電気工時代」って評論に、中国のPAのダメさが思う存分書かれています。
想像を絶するダメさですよねえ。テレビ局とか、全国的な賞の授賞式からしてそんなじゃ、地方とかのコンサートで、マトモに音響セッティングできるハズ、ないですよね?
ところが、1992年の鄧小平の南巡講話以降、中国では金儲けこそが正義になってしまいました。だから、音楽業界も集金しないといけない。んが、CDは単価は安いし、海賊版が出回るしで、全然儲からない。コンサートを開いて、入場料その他を直接集金するのが、中国音楽業界のドル箱になっているのが現状です。
マジに歌おうとすると、PAがアレだから、音響滅茶苦茶でコンサートが崩壊します。でも、金儲けしないとダメだから、んじゃ口パクでやるよ、ってことになるのです。つまり、中国では、かなりの部分、口パクでないとコンサートが成立しないのが現状なんです。本来なら、口パクしながらもPAの人材を育てていけばいーんだけど、ま、そんな金にならないこと、音楽業界がするわけ無いし、現職のPA連中にしても勉強したくないし口パクで上手く行くんだからそれでいーや、ってコトになるわけで……
その結果、テレビもコンサートも口パクが当然、といった風潮が蔓延してるんです。上述文章には、バンドの生演奏を珍しくやろうとしたら、バンドのセッティングに時間が要ると言うことが全く理解されておらず、司会者はセッティングのタイミングを見ないで素早く演奏に振るは、観客はセッティングしてて演奏が始まらないのでブーイングするは、って事例が出ています。そのくらい、口パクが当然になってるってワケね。その意味じゃ、欧米メディアとかが五輪の口パクを、芸術が政治の圧力に負けた、とか報道してるのは、思いっきり勘違いも甚だしいんですよ。
こうしてみると、崔健たちが攻撃している、音楽の過度の商業主義ってのの実態が、なんかまー、日本とかの常識で想像するよりもずっと酷いレベルであり、せめてライブをチャンと出来る環境がほしい、とかいう程度のレベルで、音楽性重視を訴えざるを得ないのもよくわかります。
ところで、今回の禁令への中国のネットの反応は、無意味説が強いですねえ。まー、現行規定でも崔健の運動の成果か、口パク禁止条項が盛り込まれているのに守られていないんだから、そりゃ、いくら屋上屋を重ねても、上手く行くわけ無いです罠。たぶん、今回の禁令は、結局の所、権利として口パクに異議を申し立てる連中に対する、政府は君たちのコトをよく考えていますよ、的なポーズ以上のものにはなりえないことでしょう、結局の所。
中国の反口パク運動は、2002年、
この運動をきっかけに、那英とかは、また見苦しい発言もあって、口パクバッシングで大変なコトになったらしいし、コンサートの客も、金を払った以上は本物聞かせろや、ゴルァ!ってことになっていったのです。
ここで落とせないのが、中国で口パクが盛行する理由です。中国は、有人ロケットを打ち上げるほど、最先端の科学技術力を持った国です。しかし、それはトップレベルの一極集中で、科学技術の足腰はかなり脆弱です。たとえば、道路を舗装するとマンホールのフタ部分にどうしても段差が出てしまう、そんなふうに足腰の弱さが表れるんですよ。
これは音楽業界でも全く同じ。劇場の音響が悪いだの、国産の音響器機の質が悪いだの、いろいろあるんでしょうけど、何よりも問題なのが、PAの人材不足です。もうすぐ出る『中国同時代文化研究』創刊号掲載の「中国音楽界の電気工時代」って評論に、中国のPAのダメさが思う存分書かれています。
- 崔健が某テレビ局でPAにステレオかモノラルか聞いけど、意味が通じなかった。
- 某権威ある音楽賞の授賞式ではナマで歌ったのはよいが、スピーカーが一台、スイッチOFFのままだった。
- 某コンサートでは、PAがコンサート中、麻雀打ってた。
- 某コンサートでは、PAがコンサート中、トイレに行ったまま帰ってこなかった。
- 某ロックフェスティバルでは、ギターアンプがなかった。
想像を絶するダメさですよねえ。テレビ局とか、全国的な賞の授賞式からしてそんなじゃ、地方とかのコンサートで、マトモに音響セッティングできるハズ、ないですよね?
ところが、1992年の鄧小平の南巡講話以降、中国では金儲けこそが正義になってしまいました。だから、音楽業界も集金しないといけない。んが、CDは単価は安いし、海賊版が出回るしで、全然儲からない。コンサートを開いて、入場料その他を直接集金するのが、中国音楽業界のドル箱になっているのが現状です。
マジに歌おうとすると、PAがアレだから、音響滅茶苦茶でコンサートが崩壊します。でも、金儲けしないとダメだから、んじゃ口パクでやるよ、ってことになるのです。つまり、中国では、かなりの部分、口パクでないとコンサートが成立しないのが現状なんです。本来なら、口パクしながらもPAの人材を育てていけばいーんだけど、ま、そんな金にならないこと、音楽業界がするわけ無いし、現職のPA連中にしても勉強したくないし口パクで上手く行くんだからそれでいーや、ってコトになるわけで……
その結果、テレビもコンサートも口パクが当然、といった風潮が蔓延してるんです。上述文章には、バンドの生演奏を珍しくやろうとしたら、バンドのセッティングに時間が要ると言うことが全く理解されておらず、司会者はセッティングのタイミングを見ないで素早く演奏に振るは、観客はセッティングしてて演奏が始まらないのでブーイングするは、って事例が出ています。そのくらい、口パクが当然になってるってワケね。その意味じゃ、欧米メディアとかが五輪の口パクを、芸術が政治の圧力に負けた、とか報道してるのは、思いっきり勘違いも甚だしいんですよ。
こうしてみると、崔健たちが攻撃している、音楽の過度の商業主義ってのの実態が、なんかまー、日本とかの常識で想像するよりもずっと酷いレベルであり、せめてライブをチャンと出来る環境がほしい、とかいう程度のレベルで、音楽性重視を訴えざるを得ないのもよくわかります。
ところで、今回の禁令への中国のネットの反応は、無意味説が強いですねえ。まー、現行規定でも崔健の運動の成果か、口パク禁止条項が盛り込まれているのに守られていないんだから、そりゃ、いくら屋上屋を重ねても、上手く行くわけ無いです罠。たぶん、今回の禁令は、結局の所、権利として口パクに異議を申し立てる連中に対する、政府は君たちのコトをよく考えていますよ、的なポーズ以上のものにはなりえないことでしょう、結局の所。





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ありがとうございます。